辞書にない

第 二 版

編纂 上村朔之介
発行 ぴよぴよホームズ

辞書にない

引 い て く だ さ い

計 時
30

残り十秒から静かに刻み、三十秒で鐘が鳴ります。
話の途中でも構いません。目安です。

名 簿

    編 纂 者 一 覧

    本書に収めたる語はすべて虚構なり
    辞書にない 第二版 ぴよぴよホームズ刊

    凡例と跋

    この遊びについて

    まだ辞書にない言葉を、あたかも昔からある言葉のように、話のなかで使う。それだけの遊びである。意味を定めたり、説明したりするのではない。自然に会話の一部として、それらしく語るのがよい。

    推奨は四人から六人。進行役をひとり置く。ひとりの持ち時間は三十秒を目安とする。

    手順

    1. 名を名簿に加える。
    2. 手番の者が自分の端末で語を引き、皆に伝える。
    3. その語を使って、全員が順に語る。
    4. 語り終えたら、最もそれらしかった者に投票する。自分には入れられない。
    5. 票を得た者に一点。最終の回は二点。
    6. 合計して発表する。

    語り方

    よい例
    「にょぐる」が出たとき——
    「昨日の夜もにょぐってたわ」
    わるい例
    「にょぐるとは、○○という意味です」
    意味を説明してはならない。使うのである。

    前の者の話に乗ってもよい。まったく違う使い方をしてもよい。「うちの地元では朝ににょぐる」「にょぐるコツ知ってるよね?」——そうして食い違うのが、この遊びのいちばん面白いところである。

    一位をぺてん王、二位をぺてん見習、三位以下を真人間と称する。同点は同位とする。

    注意

    ・発音は端末の読み上げ機能による。存在しない語ゆえ、抑揚が妙なことがある。それも一興である。
    ・iPhoneでは本体側面の消音スイッチが入っていると、音が出ない。
    ・語はすべて虚構である。実在の語に似たものがあっても、偶然である。

    一 意味は、使ったあとから付いてくる

    この遊びには、たったひとつの禁じ手があります。ルーレットで出た単語を説明してはいけない、というものです。「にょぐるとは○○という意味です」と言った時点で負けになります。

    話し手は、初めて目にする言葉を「それっぽく」語らなければなりません。すると不思議なことに、ふわふわと綿菓子のように、意味らしきものがその言葉にまとわりついてきます。それがこのゲームの狙いです。

    言葉の意味は辞書に書かれてから発生するのではなく、使われることで、事後的に立ち上がります。ソシュール、ヴィトゲンシュタイン、チョムスキー——言語学者が長々と論じたことを三十秒で体験してみようという、高尚なゲームなのです。

    二 私たちは、意味より先に文法を信じている

    もうひとつ不思議なことがあります。だれも「にょぐる」の意味を知らないのに、全員がためらいなく「にょぐってた」と活用します。習ったわけでもないのに、五段活用の音便形が口から出てくるのです。

    語尾が「る」で終わっているからです。それだけで、私たちの脳は動詞の棚に放り込み、活用表を勝手に呼び出します。「あばらしい」なら形容詞、「ぱっそり」なら副詞。意味は空っぽでも、形さえ整っていれば言葉として扱ってしまいます。

    つまり私たちは、形を見て単語を区分けし、意味はあとから埋めています。順序が逆なのです。そんな高度な判断を無意識にやっていることに、このゲームは気づかせてくれます。

    三 辞書にある語も、最初はでっちあげだった

    ここまで来ると、居心地の悪い事実に行き当たります。「にょぐる」がでっちあげなら、「しんどい」はどうなのでしょうか。この語も遠い昔、だれかが口にした音のかたまりにすぎませんでした。それを聞いただれかが真似をし、少しずつ使われる場が増え、気づけば辞書に載っていました。すべての言葉は、この道を通ってきています。最初はあえて使っていた「エモい」も、いまでは何の衒いもなく口に出します。

    辞書は言葉を作りません。すでに使われているものを、あとから追いかけて編むだけです。辞書にある語と辞書にない語を隔てるものはなにか。このゲームは、当たり前に使っている「言葉」が本当に自明なものなのかを解体する、とっぱしい狙いを秘めています。

    ぴよぴよホームズ
    上村朔之介